2005年9月29日、コスタリカはハーグの国際裁判所にてニカラグア政府を告発し、ニカラグアとの自然国境であるサン・ホアン川の航行権及びそれに付随する権利を要求しました。両国の大統領が同意した3年間の冷却期間中に話し合いが進展しなかった結果です。
サン・ホアン川はカリブ海に流れ込む全長180kmの大河川で、交通の要所です。中米の地峡をほぼ切断しているため、かつては二つの海を結ぶ運河の建設が囁かれました。
この提訴でコスタリカ政府が要求しているのは次のような権利です
・コスタリカ船籍の船がサン・ホアン川を自由に航行・停泊できること
・ニカラグア政府はいかなる川の監視所でもコスタリカ船を停止させないこと
・ニカラグア政府はコスタリカ船とその乗客から料金を取らないこと
・サン・ホアン川右岸の国境監視所に補給と人員の交代を行うために、コスタリカ政府の船は武器弾薬その他の装備を載せたまま川を自由に航行できること
ことの起こりは両政府が結んだCañas-Jerez条約(1858年)に遡ります。この条約の問題点はサン・ホアン川の領有についての文言が実に曖昧なことです。条約の第6項の中で、川の主権をニカラグアに認めながら、コスタリカの航行権を「通商のため」認めているのです。
ニカラグアは、川は自国のものだと解釈しました。
コスタリカは、川を自由に使っていいと解釈しました。
両者の思惑が衝突したのは当然のことです。
ニカラグアとコスタリカの衝突が一応落ち着いたのは、1888年に米国のクリーヴランド大統領が仲裁してのことでした。
この調停においても、1858年の条約に則り、コスタリカ軍艦(vessels of war)の航行は認められていません。(4.2.2 San Juan River Case - Award of 22 March 1888 rendered by President Grover Cleveland)
そして1998年、コスタリカ国境警備隊のボートがサン・ホアン川を航行していることが発覚し、問題が再燃します。ニカラグアは武装したボートの航行は認められていないと抗議し、コスタリカは反発しました。業を煮やしたニカラグアはコスタリカからの輸入に30%を超える関税を課し、両者は決裂しました。
コスタリカ政府にとって譲れないのは、コスタリカの歴史上、ニカラグア国境からの不法入国者が絶えず、サン・ホアン川岸の各所の監視所へのアクセスは不可欠なことです。
ニカラグア政府は武装したボートの航行は主権侵害だと言い、コスタリカ政府は「最小限の武装」であれば合法で、コスタリカは軍を廃止したので人員は軍人ではなく、航行は認められると言います。
そもそも国際裁判所には強制力がなく、両者が出廷しなければ裁判を始めることができません。それどころかニカラグア政府は相手のペースに乗る代わりに在コスタリカ大使を召還し、国境に兵力を集結する道を選びました。
問題はこじれにこじれています。
※「通行料」を「料金」「関税」に訂正
※「サン・ファン川」→「サン・ホアン川」2005.1.6



